資本主義へのドーピング注入
ドーピングには本来経済的な危険はありません。
すくなくとも直接的にはそうです。
豊かな諸国が賄賂を普及させる制度をとり入れるということも、また公的・私的エリートの選別方法を放棄するということも、ほとんど考えられません。
買収はおそらくいくつかの虚偽の投資を促すでしょう。
しかし、もしもこの虚偽の投資がなによりもまず技術進歩により規定される成長の速度と方向に変更
を加えるほどの広がりを得るとしたら、それは驚くべきことでしょう。
本当の危険は別の点にあります。
それは3つあり、そのうちの1つは政治的次元にあります。
この政治的次元における危険は、特別に扱うだけの値打ちがあるのです。
というのは、この危険は他の2つの次元における危険を含みこんでおり、場合によっては他の2つの危険を和らげたり、その逆に強めたりするからです。
経済的なものと政治的なものとを媒介する他の2つの危険とは、社会的次元における危険と道徳的次元における危険です。